
ON THE TRIPと考える旅のこと、これからの働き方
株式会社 on the trip 様
ON THE TRIPが手がけるのは、寺社を、城を、街を、音声で(しかも多言語で)ガイドするスマホアプリ。「あらゆる旅先を博物館化する」をコンセプトにしたこのスタートアップに弊社(株式会社シンクロ)の代表、西井もアドバイザーとして参画しています。
今回は、西井の旅仲間でもあるon the trip代表の成瀬勇輝さんと、旅するコピーライターとして全国各地をめぐる志賀章人さんを招き、やはり旅好きの松谷一慶と津下本耕太郎が旅についてのあれこれや、働き方について伺いました。

成瀬 勇輝 ON THE TRIP代表取締役
東京都出身、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。ビジネス専攻に特化した米ボストンにあるバブソン大学で起業学を学ぶ。帰国後、株式会社number9を立ち上げ、世界中の情報を発信するモバイルメディアTABI LABO創業。2016年ON THE TRIPを立ち上げる。

志賀 章人
京都→香川→大阪→横浜国立大学経営学部卒業。大学時代にユーラシア大陸を横断。博報堂プロダクツ入社後、30才で独立、旅するコピーライターへ。2016年ON THE TRIPの立ち上げに参画。「え!」が「お!」になるのがコピーです――と名付けたコンセプトを胸に、仕事のコピーと私事の旅を、今日も言葉にし続ける。

バンは家のにおいが宿る
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(シンクロ松谷)お二人はオフィス兼住居のバンで全国を旅し、オーディオガイドを制作しています。バンで各地をめぐるのはコンテンツを作るために生まれた手段なのか、それとも「バンライフしたい」が先だったのか、どちらですか?
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(on the trip志賀)どちらかというと「バンライフしたいね」が先ですかね。サービスを立ち上げると同時に、まさに「会社」を立ち上げるイメージで、自分たちの手でバンをオフィス仕様に改造していったんです。
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(on the trip成瀬)もともと志賀さんも僕も国内外問わず、あちこちに行きたいタイプです。各地を転々としながらモノを作っていくスタイルは、早くからイメージしていました。
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(シンクロ津下本)バンは提供してもらったんですよね?
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高速バス、夜行バスの「VIPライナー」ってありますよね? あのバスを運行している平成エンタープライズさんが提供してくれました。
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「バスで物語を作ろうとしている若者に、バス会社が協力しなくてどうする」と、社長の田倉さんが言ってくださったんです。バンだけではなく、改造するための工具やガレージ、ソーラーパネルなどの費用までサポートしてくださいました。
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どうですか? 実際にバンで働いてみて。
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自分の町に帰ってきたときに感じる「におい」ってありますよね? 僕はバンで数カ月ごとに土地を転々としているのですが、生活圏に帰ってきたときに感じる「におい」みたいなものが名もなき駐車場にも宿りますね。久しぶりに再訪した時もそう。ホテルに数日泊まって取材して帰るだけでは、その旅先は旅先のままですけど、バンで何カ月も暮らしていると、その旅先に故郷のにおいが宿るというか、ホーム感が出てくるんです。
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志賀さんは9割くらいがバン暮らしなのに対して、僕は3割、ときどき5割って感じですけど、それでもホーム感は出ますね。沖縄は2年にわたって3カ月ずつバンに滞在していたので、空港を降りたときの独特の湿気やにおいで、あー帰ってきたなという感覚になります。僕はそれを、その土地の風が吹くというのですが、体全体でいろんな記憶がよみがえります。
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街に暮らしが溶けていく感覚
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それと、バンには必要最小限の機能しかないので、暮らしは街に頼ることになります。トイレは施設のものを借りるし、水しか買わないですが冷蔵庫代わりのコンビニ、コインランドリーもお気に入りが2~3件できて、ボクはお風呂とサウナが好きなので、多少遠くてもより良い施設に通います。
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サウナ、毎日行くんですか?
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はい。時には片道一時間かけて通うこともあります。(笑)すると、生活圏がどんどん広がって、最初はホテル滞在と変わらない感覚だったのが、徐々に街がホームになっていくんです。はじめは今日はどこ行こうかって考えていたのが、ある日、何も考えずに食事やお風呂に行ってる自分に気づいて、ああ、ホームになったなと。
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それがホームになった感覚なんですね!
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暮らしを街にアウトソーシングすることで、暮らしが街に溶けていくこの感覚はすごくおもしろい発見でした。
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ホームのにおいをまとって作ると、コンテンツの温度感が違ってきそうですね。
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そこが大事だと思っています。コンテンツのどこかで、そのにおいがしているはずです。
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バンという拠点があり、何日も歩き回るからこそ作れるコンテンツもあるんです。たとえば、町を歩くたびに、時代が前に進んで行くようなガイド。取材で集めたその土地の物語を、1世紀、2世紀、3世紀……と時系列で紹介したいとします。ぼくたちのガイドは、1番、2番、3番……とスポットをめぐるコースになっているので、時系列とコースの順番をシンクロさせたいんですけど、まあ、そんなに都合良くはいきません。
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難易度が高そうです。
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なので、ひたすら歩いて「語るきっかけになるもの」を探すんです。「この辺で15世紀の泡盛の話ができるものがあればコースがつながるんだけど」と歩きまわって、「あ、泡盛の看板がある! ここなら無理なくコースに組み込めるな」って構成が固まっていくんです。
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おもしろそうだけど、すごく大変そうです(笑)。でも、拠点があるからこそですね。
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拠点があれば「1週間後だったら祭りやってるのに」って言われても、タイミングを逃したとはならないし、「吉田のうどんは30店舗もあるんです」って言われても、全部回れそうだなってなります(笑)。
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「be a backpacker.」の共鳴
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バンライフという、何をするかではなく、どうやるか、Howの部分を先に定義したっていうのがおもしろいですよね。サービスありきではなく。
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もちろん、厳密には切り離せないんですけど、気持ち的にはバンライフが先というイメージですね。すべては繋がっていて、同時並行です。
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ON THE TRIPさんには弊社代表の西井がアドバイザーとして参画していますが、シンクロでは「be a backpacker.」というフレーズをかかげていて、旅人マインドでチャレンジを楽しんでいるような人と一緒に仕事ができたらいいなと考えています。
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そもそも旅先で西井と出会った人たちが一緒に働いている会社なので、いろんなとこで旅をしながら仕事をしよう、世界中どこでも仕事できるよねってスタンスですね。
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お互いに極度の旅好きが集まった会社ですもんね。
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逆算目標もあって、次回のサッカーのワールドカップは開催期間中、現地に拠点を移そう、そこできちんとパフォーマスを発揮できる環境を今から準備しようと話しています。
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シンクロさんは、拠点を増やすことは考えていますか?
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むしろ逆で、無拠点にしたいです。各自が好きな場所にいて、しっかり成り立っているのが理想ですね。
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西井は最近、会議を旅にしようとしていて、来月、全体ミーティングやろうか、じゃあ北海道でみたいな(笑)。
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それいいですね(笑)。旅ミーティングを月一にすれば、対面で話す機会を確保できるので、無拠点も現実味を帯びますよね。
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仕事だからこそ、旅の新しい扉が開く
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お二人の場合は、旅をしながらの仕事というより、旅そのものが仕事みたいな感じですよね。
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旅と仕事の境界線は、もはやありません(笑)。ただ、仕事だからこそ、いろんな人に出会えて、貴重な話も聞けます。だって仕事だという方が今の日本では信頼されるし、新しい扉がいっぱい開いて、密度の濃い旅になるんです。志賀さんがコンテンツを作った雪国の旅では、旅行者が絶対に行かないような、でも驚くべき場所を教えてもらいました。
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その場所って、冬は雪に閉ざされ、夏は茂って入れず、5月の雪解けの時期にだけ近づくことができる祠なんです。
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ボクのなかであれが最近で一番の刺激でした。何でもない山林なので言葉にするのは難しいんですけど、ホントに美しいんですよ。雨上がりの空に光が差して、緑がきらめいて、大きな葉っぱの下にはイモムシが雨宿りしていて、その上には蝶々が飛んでいる。小さな生命と大きな生命が一つになっていて、生命力に包まれる感覚になりました。まさに桃源郷のようでした。
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雪国の山菜についての取材だったんですけど、地域のおじいちゃん、おばあちゃんたちは、年に一度、1時間はかかるであろう山登りをして、その祠にお参りをするんです。山の恵みへの感謝の気持ちもあるんでしょうね。そうでなくても、雪解けの時期は地域の人たちがみんなウキウキしていて、それが肌感覚で伝わってきました。そうした物語を知って祠に行くので、より強烈な体験になるんでしょうね。
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最高の旅ですね!
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旅先で偶然知り合った人に話を聞くのもいいですけど、僕らの仕事だと、その場所で一番物語を持っている人たちに最短距離でアプローチできるのがおもしろいです。仕事と旅が一体化した今の体験が濃厚なので、僕はもう普通の旅では満たされないかもしれないです(笑)。
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知られざる輝きを体験してほしい
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ビジネスとして情報を伝えるから協力してもらえる、深い話が聞ける、それによってお二人の旅が濃くなっていくんですね。ほかにも貴重な体験はありましたか?
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最近、印象的だったのが京都の春光院というお寺ですね。襖に描かれた金箔画が有名なんですけど、副住職からもっとも美しい瞬間だと見せてもらったのが、夜、真っ暗な金箔画の部屋でロウソクに灯りをともすところ。暗闇の中に金色がふわっと浮かび上がって、目を奪われるとはこのことかと。もともと、日本では金の襖は豪華絢爛だから金にしていたのではなく、夜ロウソクを灯すと金がリフレクターの役割を果たし、部屋の中がぐっと明るくなるからなんです。そして、金がロウソクの灯りによって絵の後ろの方に埋没し、描かれている草木が前に出てきて立体的に目の前に浮かび上がる。この体験をしたら、金の襖の見方が変わります。
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夜だから、普通に観光に行くだけでは見られないんですね。
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そうです。でも、これはみんなに体験してほしいと思って、今回、夜に公開することになったんです。基本的にはすでに公開されているスポットや体験をガイドしているんですけど、仕事だから出会えた知られざる体験、特にこうした身体感覚に訴えるような体験は紹介していきたいですね。
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なるほど、ガイドする体験自体を新たに用意するケースもあるんですね。
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その上で「これから体験するのは谷崎潤一郎が『陰翳礼讃』(※)で示した、日本古来の美意識そのもの。陰翳の美を実感してください」とガイドすれば、見る人の体験がより深まります。日本の美意識って、こんなにすごかったんだ!と感じてもらえたらうれしいですね。
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体験って一瞬のことなので、そこへの動線というか、オチに向かってしっかりフリを作ってあげることが大事なんでしょうね。
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そこが僕らのガイドの本来の役割ですね。目の前に対象があるので、一般的な旅行ガイドのような状況説明は不要です。ユーザーが目にしているものの背景にある物語を伝えることで、素通りしていた地味な石碑も興味深い体験になるかもしれません。
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※『陰翳礼讃』(いんえいらいさん)は、谷崎潤一郎の随筆。まだ電灯がなかった時代の今日と違った日本の美の感覚、生活と自然とが一体化し、真に風雅の骨髄を知っていた日本人の芸術的な感性について論じたもの。谷崎の代表的評論作品で、関西に移住した谷崎が日本の古典回帰に目覚めた時期の随筆である。(wikipediaより)
おもしろいと思うモノだけを作り続ける
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旅と仕事、さらに暮らしの境界線もあいまいなお二人ですけど、現在、理想に対しての満足度は何%くらいですか?
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もう常に理想ですね。100%。
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僕も100%ですが、200%にしたいですね。
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旅の楽しさもありますけど、何より、僕らが本当に好きなもの、おもしろいと思うモノだけを作り続けられるのが気持ち良いですね。
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「ターゲットは自分でしかありえない」と思って書いていますからね。
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そこは、こだわって作ってるんですよね。
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「エモいと、キモいは紙一重」って、僕らは勝手に名言だと思ってるんですけど、これって大事な考え方だなと。志賀さんが書いた「新宿御苑」のガイドなんて、まさにエモイとキモイの絶妙なラインのところをいってますよね。
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あれは、新海誠さんのアニメ映画『言の葉の庭』を観て、新宿御苑に来た人だけに向けて書いています。僕にとって新宿御苑はそういう存在なので。自分たちのメディアだからできることですよね。
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そういう部分をそぎ落としちゃうと、心に残らないコンテンツになってしまうと思うんです。ユーザーが知りたいこと、取材先が伝えたいこともありつつ、最終的には自分が本心からおもしろいと思うモノを作り続けることが大事ですね。熱量のあるコンテンツは、きっと人々の心に火を灯すことになると思うんです。僕はON THE TRIPを使ってくれた人の心に、小さな火を灯したいと思っています。
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マーケティング界隈でも今、「明確な誰か」を考え抜こうよというのがトレンドの一つですね。特定の一人をとことん深掘りして、その人の心を動かすような施策に繋げるんですが、結果としてたくさんの人の気持ちも動かすようなメッセージになっているという。
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自分がおもしろいと思えるものが大事って、バンライフも同じですよね。サービスありきというよりも、おもしろいからはじめたという。
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一緒ですね。バンで旅をして、好きなモノを作る。これをずっと続けられたら、幸せですね。
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(on the trip様×シンクロ対談 2019年5月実施)