5月末、シンクロがサポートしている16歳のドラマー・YOYOKAさんの一時帰国に伴い、シンクロ社員・関係者限定のミニライブを開催しました。
このイベントは今年で4回目の開催。
今年の特別な点は、YOYOKAさんがお父さんの章文(あきふみ)さん、お母さんの梨絵(りえ)さん、3つ下の弟・至道(しどう)君とご家族4人の参加が叶ったこと。さらに相馬家の家族バンドでの演奏まで聴かせていただける、贅沢な一夜となりました。
コラム
5月末、シンクロがサポートしている16歳のドラマー・YOYOKAさんの一時帰国に伴い、シンクロ社員・関係者限定のミニライブを開催しました。
このイベントは今年で4回目の開催。
今年の特別な点は、YOYOKAさんがお父さんの章文(あきふみ)さん、お母さんの梨絵(りえ)さん、3つ下の弟・至道(しどう)君とご家族4人の参加が叶ったこと。さらに相馬家の家族バンドでの演奏まで聴かせていただける、贅沢な一夜となりました。

まずは、YOYOKAさんによるアメリカでの活動報告からスタート。
渡米してからの3年間で、世界中から集まる才能あふれるミュージシャンたちと日常的に交流し、彼らのプレイを間近で見ることで、動画だけでは分からない技術や感覚を吸収してきたといいます。
渡米前はロックやポップスが中心でしたが、アメリカでジャズ、フュージョン、パンクなど様々なジャンルに触れ、表現の幅や音の強弱のつけ方を学んだそう。「キッズドラマー」と呼ばれていた時代から、一人のミュージシャンとして確かなステップを踏んでいる姿が伝わってきました。
また、YOYOKAさんとご家族の挑戦をまとめた初の書籍出版のお話も。アメリカ挑戦の裏側にあるリアルなストーリーが、本という形で多くの人に届くことになります。
そして、早速演奏パートへ。
今年のハイライトの一つが、相馬家の家族バンドでの演奏でした。ギターを担当する章文さん、ベースや歌・ドラムまで器用にこなす梨絵さん、YOYOKAさん、そして3つ下の弟・至道君——4人で奏でる音楽は、技術の高さもさることながら、家族の絆そのものが音になっているような、力強さと温かさがありました。
ご両親はもともと、お父さんは地方公務員、お母さんは新聞記者として活動されていた方々。それぞれが別のキャリアを持ちながら、家族全員で音楽に携わり、今は家族バンド『かねあいよよか』として活動しています。「家族の真ん中に音楽がある」というのが、演奏を聴いていると自然に伝わってきました。
間近で聴くドラムの圧と、家族で音を重ね合う光景に、会場のみなさんも食事の手が止まり、聴き入っていました。



その後は、シンクロ西井とYOYOKAさん、ご家族による座談会形式へ。
西井がYOYOKAさんを知った最初のきっかけは、大好きなユニコーンの隠れた名曲「おかしな2人」をドラムで叩いている動画をYouTubeでたまたま見たことだったそうです。
「9歳で何これ、すごい!」と思ってFacebookでシェアしたら、共通の友人を通じてお父さんを紹介していただいたんです。実際にお会いしたのは、ちょうどアメリカ挑戦の1ヶ月前くらいでしたよね。(西井)
そこから、お父さんの章文さんが当時の状況を語ってくれました。
YOYOKAさんは8歳の時にレッド・ツェッペリンのカバー動画が世界中で話題になり、海外からも呼ばれるようになっていたものの、コロナ禍で北海道から出られなくなってしまったといいます。10歳から12歳という、色々なものを吸収できる一番大事な時期に、すべての可能性が閉ざされてしまった。その苦しい2年間の中で、YOYOKAさん本人の「アメリカで世界に挑戦したい」という意思が固まっていったそうです。
「僕は札幌市で14年間公務員をしていて、当時の給料は25万円ほど。でもLAの家賃は2ベットルーム以上だと最低でも4000〜5000ドル(約60〜70万円)はするので、給料を全額つぎ込んでも家賃すら払えない。公務員は副業も禁止されているため、もう辞めてチャレンジするしかないと決断しました」(章文さん)
スポンサー探しも上手くいかず、クラウドファンディングで1500万円ほどを集めたものの貯金も切り崩し、毎月何十万円も赤字になるような見込みの中、西井から声をかけてもらい、ようやく踏ん切りをつけてロサンゼルスへ渡ることができた——そう振り返ってくれました。
西井から、YOYOKAさんが小さかった頃の印象的なエピソードも語られました。
「当時、もっとYouTubeをうまくやれば収益化できるのにとも思ったんですが、本人は『そういうことはしたくない』『本当のミュージシャンになりたい』と言っていたのがすごく印象的でした」(西井)
YOYOKAさん自身の言葉で、当時の想いを聞きました。
「ニュースなどで『天才少女』や『キッズドラマー』と言われることが多くて、ずっと納得がいっていませんでした。音だけで判断してほしいとずっと強く思っていたんです。同年代で有名なドラマーの子たちもいましたが、パフォーマンス重視でどれくらい大げさに叩くのがすごく嫌いで、『一緒に比べないでほしい』と思っていました。私は純粋に音楽が好きでやっているのであって、パフォーマンスをやりたいわけではないんです」(YOYOKAさん)
16歳という年齢でこれだけ自分の芯を持っている人にはなかなか出会えません。
参加者からの質問で、ご両親の子育てについて深く知る場面もありました。
「僕らは自分たちが音楽教育を受けられなかったコンプレックスがあったので、自宅にドラムセットやピアノを置いて、24時間音を出せる環境を作りました。音楽でも絵でも、自分がアウトプットできるものを1つ持つといいだろうと。自分が表現するものがあればいい人と出会えるから、その環境作りをしました」(章文さん)
「YOYOKAがドラムのワークショップで『親にしてもらって一番良かったことは?』と聞かれた時、『親がずっとドラムを叩ける環境を維持してくれたこと』と答えていました。最初からおもちゃではなくガチの大人のドラムを与えていましたし、アメリカに行ってからもずっと生ドラムを叩ける環境作りを続けています」(梨絵さん)
「何かをしてあげること」ではなく「環境をつくってあげること」。シンプルなようで、実践し続けるのは難しい子育てのあり方が、相馬家の言葉から伝わってきました。

会の中で、西井がなぜYOYOKAさんを支援しているのか、自身の過去の経験を交えて語る場面もありました。
西井は10年以上にわたり、あるプロボクサーを練習生時代から支援し、彼が怪我を乗り越えて世界チャンピオンになる姿を近くで見守ってきた経験があります。
「人生すごいラッキーだなって。世界チャンピオンになる姿を一緒に追っかけられて。YOYOKAちゃんの挑戦についても、一緒に横で見ていられることが、僕ら実はすごい幸せなんです。応援していること自体が楽しい」(西井)
支援というと「してあげている」というニュアンスになりがちですが、西井の言葉には、「一緒に夢を追わせてもらっている」という純粋な想いが滲んでいました。



会の終盤では、シンクロ西井がベース、シンクロ社員の國延がギターで、松谷と齊藤がボーカルで参加し、奥田民生の「イージュー★ライダー」をみんなで合唱しながらのセッションが行われました。
去年のKenKenさんとのセッションに続き、今年はシンクロメンバーがYOYOKAさんと同じステージに。西井はこの日のためにベースを購入し、2週間毎日夜中の12時から2時まで特訓を重ねたそうです。
「素人ながらに、YOYOKAちゃんはすごい安定感があって『こちらがいくらずれても絶対大丈夫』という安心感がありました。一生忘れない日になりました、本当にありがとうございました」(西井)
今回ギターを担当し、企画にも携わったシンクロの國延からもコメントをもらいました。
「リハの時から、YOYOKAさんのドラムと一緒に演奏できることが楽しみで仕方ありませんでした。実際に音を合わせると、演奏を引っ張る力やグルーヴ感がすごくて、自然と気持ちよく演奏できたのが印象的でした。 イージューライダーという選曲も最高で、久しぶりに学生時代のような青春を味わえた気がします。素敵な機会を本当にありがとうございました。またぜひご一緒させてください!」
会の最後には、参加者全員で再びユニコーンの「イージューライダー」をアンコール合唱しながらのバンドセッション。さらにこの日が西井の誕生日に近かったこともあり、サプライズで誕生日を祝う歌も飛び出し、和やかな雰囲気で締めくくられました。
16歳という年齢で、世界トップクラスの実力を持ちながら、自分の芯を強く持つYOYOKAさん。そして、目の前の最善を泥臭く積み上げてきた相馬家。
シンクロは、これからもYOYOKAさん、そして相馬家の挑戦を応援していきます。
※相馬家はスポンサーやパートナーシップを随時募集しています。興味のある方はぜひシンクロまでご連絡ください。
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