――西井さんは、今年に入ってON THE TRIPのアドバイザーに就任されたということですが、現在はどのような関わり方をされているのでしょうか?
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僕らは、ON THE TRIPのサービスに対してどうマーケティング的な視点でやっていけばいいかという話をしていますね。
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僕は神社やお寺、美術館にマーケティング視点が足りてないことに問題意識を持っているんです。今は、ほとんどがプロモーションにしかお金をかけてない。要は人に来てもらうために、「ここに来れば面白いよ!」って広告を出すことしかやってないところが大半なんです。
それでも多少は人が来ると思うんですけど、本当にやらなきゃいけないのはコンテンツを作ることだと思っていて。その場所にしかないもの、わざわざ行きたくなるようなコンテンツを作ることでしか、今は人を惹きつけることはできないんじゃないかなと。つまり、今やるべきマーケティングっていうのは、広告を出すことではなく、自分たちが持っているコンテンツを見直すことなんだと思うんですよ。
――上部だけよく見せても、実際に行ったらガッカリみたいなことになってしまうと本末転倒ですからね。
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僕は長くマーケティングをやってきたけど、今の流れはまさにそうなっていますね。飲食店ひとつとってみても、昔は立地がすごく重要で、人通りがあるところに大きな看板を作ることが、広告でありマーケティングだったわけです。
だけど、今はそういう方法は効かなくなってきてる。目立つ場所に大きな看板を出しても、食べログで店を調べられちゃうと人は来てくれない。ネットでお店を調べて、駅前の一番いい通りにはないけど、3本裏の通りに評判のいいお店があったら、そっちへ行くという時代になってます。
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反対に、「美味しい」でも「こんな写真撮りたい」でもいいんだけど、人に伝えたくなることをコンテンツの中で作っていけば、それを拡散してくれる人たちがいて、それを聞いた人たちが集まってくる。
だから、飲食店でも美術館でも、神社やお寺でも、〝そこにしかない体験〟というのを作り上げていくことが、人を呼んでくれる仕組みになってきた。そういう時代なので、〝そこにしかない体験〟をいかに作るかってことは、マーケティングの中でもすごく重要になってきてますよね。
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ですね。だから、従来のように「これから来る人に価値を知ってもらう」よりも、「来てくれた人に価値を感じてもらう」ってことの方が大事だなと思っていて。だからこそ僕らは、プロモーションとかは一切やってないんです。
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これまではまず商品を作って、販売計画を達成するためにどういうプロモーションをするか、というようなことが語られることが多かったんです。
でも先ほど話した通り、プロモーションだけでは売れない時代になってきている。だから、商品でもアプリでも、まずはβ版を作って、ユーザーの反応を見ながら手を入れていく、そうすることでお客さんが本当に欲しいものを一緒に作っていくことができ、結果多くの人に使ってもらえるようになるんです。
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本当にその通りだなと思うんですけど、ひとつだけ疑問があって。ユーザーの声ばかり聞いていても、できあがるものってつまらなくなりませんか?
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それは、もちろんそう。だからユーザーフィードバックっていうのは、すべてを反映するためにあるのではなく、100人に1人でもいいからメチャクチャいいって言ってもらえるものを作るための指針なんですよ。多数決で「100人中90人がなんとなくいいって言ってるから、そっちにしましょう」ってなると、多分つまらないものができあがる。
でも、100人中1人でもいいからメチャクチャ面白いって思われるようなものができると、国内全体では100万人くらいに刺さるコンテンツになる。それを見つけていくために、ユーザーフィードバックを有効に活用すればいいんです。だから、自分たちが、どのお客さんを喜ばせたいかを考えるのはすごく大事だよね。
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そうですよね。そこは僕らも強く意識しているところです。広く浅くよりも、狭くても深く。
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妖怪美術館に関して言えば、深さの他に僕らが意識したのは多面的解釈です。多面的解釈っていうのは、その時の感情だったり、状況によって見方が変わってくるということなんですけど、そもそも妖怪っていうのは、存在すると思う人もいるし、存在しないと思う人もいるじゃないですか。だから、その人の、その時だけの解釈を楽しんでほしいなと思っていて。
――答えを提示するのではなく、相手の解釈に委ねるというか。
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そうですね。今はいろんなコンテンツがあるけど、割とみんな答えを提示しがちな気がしていて。それって楽しみとして広がりづらいじゃないですか。もっと、それぞれに違う意見があって、その時々によって感じ方が違う方がコンテンツとしては面白いなと思っていて。そういう多面的な解釈をできる美術館作りを意識しました。
――オーディオガイドというのは、答えを伝えるようなものというイメージが強いですが、どちらかといえば問いを投げかけるみたいな機能も果たしてるということなんですね。
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現代アートって、まさに問いを投げかけるものだと思うんです。ほとんどの作品は何も言わないので、見方によってはさっぱりわからない。だから、何か楽しむためのとっかかりが必要だと思っていて。オーディオガイドが、その役割を果たすようにしたいなって想いはありますね。
自分が一番体験したいことを作る
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6月末から、ON THE TRIPで京都にある妙心寺の春光院で特別公開のプロデュースをさせてもらうことになったんです。ここには普段は拝観できない金箔で彩られた美しい襖があるんです。
お寺で目にする金の襖って、単に豪華絢爛な修飾だと思ってたんですけど、実は違って。僕も住職の方に聞いて初めて知ったんですけど、昔は日本の夜ってロウソクの灯りが頼りだったわけじゃないですか。金の襖はロウソクの小さな灯りを部屋一面に広げるリフレクターの役割を果たしていたそうなんですよ。
――はぁ、それは知らなかったです。
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しかも、ロウソクの光と金箔の色合いが近いので、火を灯すと襖の金色が後ろに埋没して、その上に書かれた草木や人物の絵が浮き上がって見えるんですよ。
――へぇー! 面白い!
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その3D感が、すごく面白くて。これを体験してもらおうってことで、「夜、金の秘密が見えてくる」と題した特別拝観を行うことになったんです。オーディオガイドで解説しながら。
文化遺産なので、さすがに火は使えないんですが、ロウソクの火に似た光を用意したので、金色が埋没して絵が浮き出る様子はしっかりと体感できます。
――金の襖に囲まれた空間で、昔の日本の夜を体感してもらうというインスタレーションなんですね。もともとあるものを、アート的な観点から再解釈するというのは面白い試みですね。
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こういう取り組みを見ていて思うのは、成瀬自身が一番のユーザーなんですよね。人に伝えるのが好きだし、感受性も高い。だから一般的な人よりも少し先の時代感覚を持ったユーザーとして、自分が面白いと思うものをコンテンツ化している。
これは彼自身がいろんな場所に行って、いろんなものを見て、いろんな体験をしているからこそできることなんだと思います。他の人よりも体験価値をすごくわかっていて、それを先取りして伝えようとしている。
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確かに、「自分が一番体験したいことを作る」っていうのは軸にありますね。
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妖怪美術館のリニューアルだって、思考が浅いと単純に妖怪をフォトジェニックにして、撮影スポットを作ろうみたいに短絡的なかたちになりかねないんですよ。
だけど、ちゃんとヒアリングをして、人の話や想いを聞いた上で、これは面白いとか面白くないっていう判断を、自分が培ってきた感覚で決める。そこの取捨選択が、成瀬は上手いですよね。
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なんか、ありがとうございます(笑)。
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少し早い時代感覚って、古い常識から逃げられない人からしたら理解不能なんですよ。だけど、いずれ変わるんです。
スマホが出た当時ってみんな使いづらいとか、ガラケーの方が楽でいいとか言ってたけど、今はもうそんなこと言ってる人はいない。そういうことを理解できないと、どんどん人が集まらなくなっていくと思います。
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マーケターの視点でいうと、西井さんはやっぱり一番大事なのは「ユーザーに何を体験してほしいか」ってことだと思います?
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僕がマーケティング上、一番大事にしているのはアセットなんだよね。「そこの資産って何なの?」っていうことなんだけど。
例えばお寺なんかだと「西暦725年に建てられた」という歴史が一番の資産だと思っていたのに、実は寺院の隣に生えている樹齢2000年の木の方が大きな資産だったという場合もあるし、そこの住職のキャラクターこそが資産だという場合もある。何が自分たちの資産なのかっていうのを突き詰めて考えて、それをお客さんにどういう価値として提供するのかところを導き出さなきゃいけない。
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なるほど。
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自分たちの考える資産とユーザーからのフィードバック、そこのギャップっていうのが、考える時に一番大事だなと。ただし、お客さんって1人じゃないから、そこで自分たちがターゲットにしたい相手を決めていくことも必要。
自分の感覚で突き進みすぎるとプロダクトアウトになって、そうすると誰にも相手にされなくなってしまう。だから、そこはうまく気をつけてやる必要があるよね。
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プロダクトアウトになるのって、作り手が商品とか場に入りすぎちゃって、自分たちのことが見えなくなっちゃうからだと思うんですよ。
東日本大震災の後に、被災地の写真を撮ってた人がいて、その人が現地に住んで写真を撮り続けようと決心した時に、地元の人から「お前は絶対にここの住人になるな。住人になったら、ここを切り取れなくなるから距離をとれ」って言われたという話を聞いて、それって場を見る上ですごく大事な視点だなと思ったんです。住人としてのめり込んでいくというのも大事な視点である一方で、見えなくなってしまうこともあったりする。だから距離をとるっていうのは大事なことなんだなって。
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それはすごく重要だね。僕はマーケターをずっとやってきて、今は「マーケターというのは複数所属した方がいい」と思ってる。特にCMOは。そうじゃないと、自社の評価を正しくできなくなってしまうから。
CEOはやっぱり会社に思い入れがあるし、プロダクト開発の人も商品への思い入れが強いから、「自分たちのサービスはイケてる」って思いがちなの。もちろん、そういう人が会社を引っ張っていくべきだと思う。でもマーケターってすごく正しく、客観的に評価しないといけないんだよ。そうじゃないと市場で戦えなくなってしまう。
――ユーザーとしてサービスを作っている成瀬さんと、それを客観的に見続ける西井さんって、すごく理にかなったコンビですね。
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でも、成瀬は会社の調子がよくなっていくと、パタッと連絡よこさなくなるよ。前例もあるしね(笑)。
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そんなことないですよ(笑)。これからも、本当によろしくお願いします!