シンクロ代表の西井がアドバイザーとして関わることになったON THE TRIP。その代表を務める成瀬勇輝さんと、西井はもともと旅仲間という関係性でした。
これまでにないオーディオガイドで旅の体験をもっと豊かにすることを目指すON THE TRIPの挑戦について、両名が対談を実施。
共に旅人であり起業家でもある2人の対談は、お互いの旅の体験や、そこから得たビジネススキル、時代と共に変化するマーケティングの指針など、様々なジャンルを行き来する盛りだくさんな内容となりました。
interview
対談
潰れかけの寺社や美術館を救う。オーディオガイドで体験価値を上げ、美術館の売り上げが11倍に!
成瀬 勇輝 ON THE TRIP代表取締役
東京都出身、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。
ビジネス専攻に特化した米ボストンにあるバブソン大学で起業学を学ぶ。帰国後、株式会社number9を立ち上げ、世界中の情報を発信するモバイルメディアTABI LABO創業。2016年ON THE TRIPを立ち上げる。
〝見えない物語〟を伝える新しい旅の提案
――最初に、お二人が知り合った経緯について聞かせて下さい。
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僕も西井さんも、昔からずっと旅をしていたんですよ。それで、8年か9年前にTABIPPOの旅大学というイベントに登壇する機会があって、そこでご一緒したのが最初ですね。
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そうだね。そこで「旅に出た人が本を書くためにはどうすればいいか?」って話を一緒にして。
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その後、僕がTABI LABOというモバイルメディアを立ち上げる時に、西井さんが化粧品会社のeコマースをやっていたのでウェブサービスについて色々と相談させてもらったんです。
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そうそう。タダでアドバイザーをやらされて、ある程度メディアが立ち上がった途端に連絡がなくなったよね(笑)。
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そんなことないですよ(笑)。
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「最近の若者は」って思ったもん(笑)。
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成瀬:いやいやいや…(笑)。
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それから何年かして、成瀬が自分で立ち上げたTABI LABOをやめて、また新しい会社を作るって連絡があって。
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そうですね。もっと旅先での体験を豊かにできるサービスを作りたいなと思ったんです。改めて旅に戻ろうと思い、原点回帰。それで、また西井さんに相談して。
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僕も旅行がすごく好きで、何年もしているんだけど、その中で〝旅行の体験〟がすごく変わってきているという実感があったから、成瀬が旅に関する新しい取り組みを始めるのは面白いなと思って。
――具体的には、どんな変化を感じていたのでしょうか?
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僕がバックパッカーを始めた15年とか20年前って、スマホがないから、『地球の歩き方』っていうガイドブックを片手に地図や方位磁針を見て、迷いながら辿り着いた宿で値段交渉をして、ようやく宿が確保できるっていうのが当たり前だったんです。そこで出会った旅仲間と情報交換しながら、次の場所に行くみたいな。
だけど、今はスマホの正確な地図があるし、宿もネットから事前に予約できる。そういうふうに旅が変化しているのに、ガイドブックってアップデートされてないなと思っていたんですよね。
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僕は、どうすれば旅の体験を豊かにできるかってことをずっと考えていた時にブックディレクターの幅さんに、アラン・ド・ボトンという哲学者が書いた「旅する哲学」という本を薦められました。その本の中で「21世紀の旅人は不幸だ」という言葉に出会ったんです。
なぜかというと、ガイドブックには写真を含めたあらゆる情報が載っているし、ネットを使えば現地に行く前にすべての情報が手に入ってしまう。だから、「旅に生の体験がなくなってしまった」と書かれていて。
――あぁ、ガイドブックで見た景色をなぞるだけの、答え合わせみたいな旅になってしまうと。
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そう。しかも、それを回避する術もなかなかない。だから、「21世紀の旅人は不幸だ」と。ただ、旅する哲学には「もしかしたら、僕たちには最後の絶景が残っている」とも書かれていて。それは何かというと〝感受性〟だと。つまり、「その場所に行って、どれだけ感受性が揺り動かされるかってことが、もしかすると、これからの旅の重要な体験になるんじゃないか」というようなことが書かれていたんです。
――知らないものを見に行くだけでなく、そこで何を感じるかが旅の価値になると。
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実際、僕は景色を見て心を揺り動かされることも多いんですが、一方で〝目に見えない物語〟というか、その場所にまつわる歴史や関わってきた人たちの物語に心を揺り動かされることもたくさんあって。物語を知ることで、景色はまったく違って見えてくるんですよ。
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旅って、その人の知識によって見える景色が全然違うんですよ。同じように東京タワーに上ったとしても、単に展望台からの景色が綺麗だなって思う人と、向こうに旧江戸城があって、そこを中心に道が作られているみたいな知識を持っている人とでは、見えているものが全然違う。
僕はもともと、その国の歴史とか経済、宗教みたいな情報にすごく興味があるんです。それを知っておくと、訪れる国の見え方が変わるから。そういう情報の掛け算で旅ってすごく面白くなるよねって話を、成瀬としていて、そういう豊かな体験を提案できたらいいなって。
――確かに目の前のことだけでなく、その背景を知ることによって、見え方が違ってくることってありますよね。
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そうなんですよ。だから、僕はオーディオガイドを通じて、そういう〝目に見えない物語〟を伝えることで、旅行者の心を揺り動かすことができるんじゃないかなと思っていて。そういう体験が、感受性を動かし、旅を豊かにしてくれると考えているんです。
ON THE TRIPで体験の付加価値を上げることで、美術館の売り上げが11倍に
――成瀬さんが代表を務められているON THE TRIPについて、改めてどんな取り組みをされているのかを教えて下さい。
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美術館の入り口でレンタルできるオーディオガイドありますよね?簡単に言うと、あれを自分のスマホにアプリをダウンロードすることで体験できるON THE TRIPというサービスを作っています。今は『大地の芸術祭』や『首里城』の公式ガイドとして使われている他、京都や奈良にある約20の寺社を始め日本各地のあらゆる文化財、観光スポットのオーディオガイドを制作しています。
――観光名所に行くと、その場に説明書きみたいなのがあったりするじゃないですか。この建物は、誰が、何年に、どんな経緯で作ったみたいなことが書かれている。ああいった解説と、ON THE TRIPのオーディオガイドには、どんな違いがあるのでしょう?
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僕自身は、何年に誰が作ったみたいな説明書きを読んでも、まったく頭に入ってこないんですよね。それよりも、「あそこに掛けられている絵は何を、どういう思いで描いたものなんだろう?」とか、「あの丸いモニュメントは、どういうテーマで作られたんだろう」とか、そういうことの方が知りたいって思うんです。
だけど、施設側にとっては当たり前すぎて、わざわざ説明していなかったりするんです。そういった施設側が見せたいものと、旅行者たちが見たいものとのギャップを感じることが多くて。だから、オーディオガイドでは、自分たちが興味のある情報を伝えるようにしています。
――ある意味キュレーションなんですね。こういう情報が面白いと思うから、たくさんの人に伝えたいという意思を持って内容を作っていると。
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そうですね。すべてを網羅的に伝えるというよりも、テーマを決めて、それに沿った情報を盛り込んでいます。その場所に数週間滞在して、施設の方にインタビューをしながら作ることが多いですね。
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日本の寺社が持つコンテンツってめちゃくちゃ面白いと思ってるんですよ。よく「見立て」って言われるんですけど、パッと見てもわからないものが多いじゃないですか。
――鑑賞するために知識が必要ってことですか?
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はい。例えば、枯山水って何の知識もなく見たら、ただの石と砂じゃないですか。でも、あれって水を使わずに、山水の風景を表現した庭園なわけですよ。
先日も、京都で枯山水を鑑賞する機会があったんですけど、風が吹くと草が揺れる音が聞こえるんです。後ろの声がまったく気にならないほど、心地よい風がありました。あれって、実は水が流れる音を表現するために竹林を奥に埋めているんですよ。石と砂で川を表現していて、風が吹くと草が川の音を奏でる。そういうことって、知識がないとわからないですよね。だけど、知識を得ると途端に見える世界が変わってくる。日本にはそういう面白い文化がたくさんあるんです。
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知識があると見え方が変わるっていうのは本当にその通りで、僕はオランダのゴッホ美術館に行った時に、そのことを痛感したんですよ。
――どんな体験から、そう思われたんですか?
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僕はゴッホに詳しくないんですけど、オーディオガイドで説明を聞くと、彼がどんな生まれで、若い頃にはどんな絵を描いていて、何歳の頃にこんな出会いがあって、こういう心境の変化があったということがわかってくるじゃないですか。
そうすると、どうして彼がこんな絵を描いたのかとか、この街に移り住んだ理由っていうのがわかって、絵を見るのが楽しくなるんですよ。それって、すごく人生を豊かにさせるなって。だから、日本よりも高い入場料でも、十分に価値があるなと思ったんです。
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僕のところにも、施設維持のために拝観料・入館料を上げたいという相談はたくさんあるんです。だけど、単に上げるというと当然ながら批判の声も上がるじゃないですか。
だから、僕らは施設の付加価値をあげて拝観料・入館料を上げるというサービスを始めたんです。具体的には施設のオーディオガイドを無料で作成して、体験価値を上げることで、美術館や寺社の拝観料・入館料を引き上げようっていうプロジェクトなんですけど。僕たちは、入館料をあげた差額分から利益を得るという仕組みです。
――とても合理的なパートナーシップですね。
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はい、施設にとって初期費用はゼロですから。そのサービスの第一弾として、瀬戸内海の小豆島にある妖怪美術館のオーディオガイドも作らせてもらったんです。そこは前からあった美術館だったんですけど、新しい体験を提供するために全面的なリニューアルを計画していて、僕たちのところに相談を持ちかけてくれたんですよね。
それで、2週間ほど小豆島に滞在して、展示内容はもちろん、美術館のロゴからウェブサイト、館内の導線までガラッと作り変えたんです。
――まさに全面リニューアルですね。
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はい。日本のアミニズム・自然信仰から始まって、平安時代の飢饉や末法思想を経て現代まで、妖怪というのがなぜ生まれたのかということをちゃんとわかるような設計に直して、その物語を伝えるようにリニューアルしたんです。
それで4つの美術館の入館料を2000円から2900円に上げたところ、来場者が前年の5月比で367%、売り上げが1150%になったんですよ。瀬戸内芸術祭の会期中だったことが重なったこともあるんですけど、今も順調に伸びています。
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