シンクロを知るvol.4
鎌倉インターナショナルFC オーナー・四方 健太郎「サッカーファンがサッカークラブのオーナーになったら」

お知らせ | 2022-03-07

“デジタルマーケティング支援”を事業とする株式会社シンクロ。しかし取り組みを詳しく見ていくと、禅やサッカーチーム、NPO支援、さらには漁業まで行う幅広さ。いったい、シンクロってどんな会社なのでしょうか?
代表である西井氏、そしてシンクロから分社化した株式会社グロース Xの代表・津下本氏、さらに株式会社InTripで代表取締役社長を務める成瀬氏のお話をうかがってきましたが、今回はサッカークラブ・鎌倉インターナショナルFCのオーナーを務める四方健太郎氏にもお話を聞いてみました。

©︎Kazuki Okamoto (ONELIFE)

ビジネスマンを鍛えるはずが。

—— はじめまして。わたしはライターとしてシンクロさんでコンテンツを一部お手伝いさせていただいているのですが、漁業やサッカークラブについての取り組みなどおうかがいするうち、「株式会社シンクロ」は、そもそも何を事業としている企業なのか……について疑問や知りたい気持ちが膨らんできました。代表の西井さんをはじめ順にみなさんのお話をうかがい、「旅」「自律」「立ち上がりの速さ」などが共通のテーマだと今感じているのですが、今日はついに四方さんにサッカーのお話をうかがいたい思います!よろしくお願いします。

四方さん:
そういうことですね、よろしくお願いします。

—— さっそくですが、四方さんには2つの顔があるとお聞きしました。

四方さん:
なるほどなるほど、そうなんですよ。すごくわかりやすく言うと、人材育成に関わる会社の経営と鎌倉を本拠地にしたサッカークラブのオーナーを、なんとシンガポールでしている、ということなんですけど。

—— ということは、今そちらはシンガポールですか?

四方さん:
そうなんです。ぼくの体はシンガポールにあるわけなんですよ。

—— ちょっとしたことでは驚かなくなってきました(笑)。人材育成とサッカークラブ、たしかに共通項もあるような印象を受けますが、人材育成の会社はシンクロさんとは関わりなく経営されている、ということですよね。

四方さん:
そうですそうです。簡単に説明すると、世界で日本の存在感をもっとアピールしていきたいという中で、なかなか先を読んで大胆に一歩を踏み出すことができるような人材が居ない、という課題・悩みが、大手企業さんを中心にあるようなんです。そこで、ぼく自身もバックパッカーで世界一周をした経験があるんですけど、同じような経験を持つメンバーと、「バックパッカー体験の良さを落とし込んだ」ような研修プログラムを企業に提供してるんですよ。

—— バックパッカープログラム……。

四方さん:
ベトナムとかアジアの新興国を舞台に、一般的には非常に過酷な度胸試しのような研修を用意しています。街に飛び出して行って、見ず知らずのベトナム人に話しかけてリアルな声を拾ってもらうんです。そして、それをベースにビジネスアイデアを考えて、現地の企業に提案する。そういったことを毎日やってもらうんですよ。

—— それはなかなか刺激的な体験ですね。ものすごく心が鍛えられそうです。

四方さん:
ところがですよ。普段は体験後の受講生にはうれしい変化がありますし、企業にもご好評いただいてるんですけど、シンクロの西井さんに「誰か受けませんか?」と話したところ、「じゃあ、松谷(シンクロ社員 / In Trip取締役の松谷一慶さん)っていうのを行かせるよ」と言うわけです。さぞ、引っ込み思案な青年が来るのかなと思えば、彼自身生粋のバックパッカーで。何ひとつハードルも感じなかったようで、「めちゃくちゃ楽しかったです」って笑って帰っていきましたよ(笑)。

—— さすが、シンクロイズムですね(笑)。

四方さん:
驚きましたよ(笑)。

サッカーボールはすごいんだ

—— ですが、四方さんも「バックパッカー育ち」という背景をお持ちなんですね。よく巡られるんですか?

四方さん:
いちばん最初にサッカーボール片手に出かけたタイやカンボジアがめちゃくちゃ楽しかったんですよ。月並みですけど、世界中旅していてもサッカーボールを持ってるだけですぐに仲間が増えていくんですよね。それは日本人もそうだし、現地の人たちもそうだし。「サッカーってスポーツはすげえな」とそのときに思ったんです。

サッカー片手に世界の旅へ

—— ご自身は、学生時代からずっとプレイヤーだったんですか?

四方さん:
いや、テニス部です。

—— あれ。

四方さん:
そこがちょっと残念なんですけど(笑)。でもそのくらい特別なスキルがなくても、ボールひとつで友だちができて遊べちゃうんですよね。それにもともとサッカーはとにかく見るのが好きだったんです。4年に1度のワールドカップも日本が連続出場してる6大会、全部見に行ってるんですよ。もちろんプレイにも感動しますけど、世界中の人たちが集まってきて、国を挙げてお祭り騒ぎをやるわけじゃないですか。とにかく楽しいし、「ボールってすごいなあ」「サッカーってすごいなあ」というのはずっとありましたね。

まさか、自分がオーナーに

—— そこから「クラブのオーナーに」というのは、どういった経緯があったのでしょうか?

四方さん:
世界旅行して帰ってきたのが、ちょうど2010年のことでした。前提なんですが、「Jリーグ」はJapanのリーグですから、日本人がプレイして日本人が見るんですよね。一方で、たとえばシンガポールだとみんなテレビで、ヨーロッパのサッカーを熱心に見てる。イングランドだと人口は6,000万人弱ですけど、イングランドのサッカーは世界中がターゲットなんですよ。Facebookページでもすごいフォロワー数なんです。

—— なるほど。彼らのマーケットは世界なんですね。

四方さん:
そう。でも日本はなまじ人口も多いですから、「Jリーグ」はどうしても国内マーケットを見てしまいますよね。世界をマーケットにはまだまだできていないんです。ところが、アジアの中で実力では日本はNo.1ですから。アジア、東南アジアの国々はリスペクトしてくれている部分もあるわけなんです。「日本のサッカーは昔弱かったのに、ここ20年でどうやってこんなに強くなったのか?」。そこにみんなすごく興味があるんですよ。

—— これまでの成長の軌跡を、みなさん知りたいんですね。

四方さん:
それって非常に価値のある、言わばコンテンツなんです。その日本のコンテンツを武器に、世界をマーケットにできないか。事実、中田英寿選手とか三浦知良選手がイタリアのセリエAの試合に出ていれば、日本人はイタリアの試合に注目しましたし、カズ(三浦知良)のユニフォームには日本のスポンサー「KENWOOD」の名前が刻まれていたんですね。現地に日本のお金が流れていたわけですよ。

—— ああ、そういう仕組みになっているわけですね。

今でこそ、タイのバンコクの高架鉄道システムにはJリーグのラッピングトレインが走っていたりしますけど、2012年ぐらいのぼくは「日本のサッカーが世界に出て行って、大好きなサッカーによって経済が結ばれていく」というのは、めちゃくちゃおもしろいことだと感じて。そこには無限のチャンスが転がってるようにも思えたんです。で、これはなにかぼくが架け橋になってあげられるんじゃないかと勝手に思いまして。

—— ご自身が架け橋に。

四方さん:
スタジアムに観戦しに行っていただけのファンが、Jリーグのクラブに「今カンボジアってこうですよ、ミャンマーってこうですよ、こういうのやったらいいんじゃないですか」って、ビジネスの話のために訪問するようになったんです(笑)。

—— 思い切りましたね!

四方さん:
だけど、そう上手いことにはいきません。総論は賛成なんですけど、「いいですね」「ぜひうちもやりたいですね」と言いながらも一向に話が前に進まない。すぐそこにこんなにチャンスがあるのに。悔しくて、シンガポールの新橋ガード下みたいなところで、仲間とタイガービールをヤケ酒にして飲んでたんですね。で、あるときそこで仲間に言われたんです。「そんなに言うなら自分でやればいいんじゃないの?」って。

選手は、たった“ひとり”から

—— それにしても、サッカークラブを自分で立ち上げるというのは、どんな手順やスキルが必要なのかも、まるで想像がつきません。

四方さん:
ぼくもでした(笑)。とにかくサッカーを使って、日本とアジア、世界を結びつけるというビジョンからのスタートで「国際的な付加価値を作るためのサッカークラブを作るんだ!」と旗を立てたわけですが、まずやり方がわからない。じゃあひとまず名前を考えよう、と。

—— 名前からですか?(笑)

四方さん:
はい(笑)。「インターナショナルFC」の頭に地名を付けたかったんですよね。でも「東京インターナショナルFC」はベタだし、「大阪インターナショナルFC」「神戸インターナショナルFC」もいいけど、国際都市はすでに有名なサッカークラブを持ってるわけですよ。そのマーケットに入っていくのは大変だからJリーグのない都市がいいな、と。で、ぼくが神奈川出身なもので「四方さん、“鎌倉インターナショナルFC”ってどう?」とまたガード下みたいなところで言われて。「鎌倉インターナショナルFC……?響きがいい。それだ!」とそこで決定したんですよ。

—— ははは。その場でこれだな!ということですか。

鎌倉インテルの構想

四方さん:
クラウドソーシングでロゴまで作ってもらっちゃって(笑)。

—— 順番がすごいですね(笑)

四方さん:
その次がパワポ。どうやら本来は有名高校のサッカー部OBだとか、どこかの大学の体育会とかからクラブは生まれることが多いらしいんですけど、日本初じゃないですかね、「パワポから生まれたサッカークラブ」というのは(笑)。なんの母体もなく、「国際的な付加価値!」とか、そういう言葉を並べた資料と、クラブの名前だけがある、と。それを持って市議会議員さんに会って提案させてもらって、その次は地元の大手企業の社長さんにそのパワポをお見せしたりして。

—— そこからサッカークラブが本当に生まれてしまった、と。

四方さん:
最初は選手ひとりでしたからね。大学サッカーをやってた人を集めてくれるっていう鎌倉出身の人のツテを頼ってお願いしたんですけど、初回の練習はたったひとりだったんです(笑)。それが今ではスタッフを含め200名程度を抱えるチームになっているので。

たった1人で行われた第1回の練習
今では大所帯に ©︎Kazuki Okamoto (ONELIFE)

「みんなの鳩サブレースタジアム」へ

—— それだけの人数ももちろんすごいですけれど、しっかりと地域を巻き込むことができている、というところもまた素晴らしいですよね。

四方さん:
パワポを持参して大きな話を語らせてもらったところから、今では地域のいろいろなキーマンの方々にもすぐに電話できるようにまでなれましたね。スタジアムもできましたから。

—— スタジアムですか!

四方さん:
『みんなの鳩サブレースタジアム』というホームスタジアムができたんですよ。ご縁があって、鎌倉いちばんの銘菓で有名な『鳩サブレー』の豊島屋さんとつながることができまして。「世界へ」という大きな話ももちろんしましたけれど、地域の人が集まれる、鎌倉市のための場であることも必要な要素なので、熱意を持ってお話ししてスポンサーになっていただきました。『鳩サブレー』と名前につくだけでも、みなさんの興味や信頼度がまったく違いますからね。荒野原だった空き地を更地にして、芝生にして、なんとかサッカーができる状態になったんですよね。それが、コロナ禍の中で完成した『みんなの鳩サブレースタジアム』なんです。

—— あれ。ということは、四方さんは?

四方さん:
コロナの影響でシンガポールに居ざるを得なくて……(笑)。でも、もちろん業者さんにもお願いしていましたけど芝を敷いたりみたいな作業は選手がみんなでやったり、そういった手作りの部分もいっぱいあるんですよ。ぼくは、パワポでクラブを立ち上げて、リモートでスタジアムを作った、みたいな形になっちゃったんですけどね(笑)。

—— 最初からこれまで、ずっと「まさか」の連続ですね。

四方さん:
それでも、2018年に立ち上げてついにここまできたかという感じで。2032年にはスタジアムの近くに駅もできるので、みなさんに楽しんでいただける大きな複合型のスタジアムにするのがぼくの夢なんですけどね!

—— 着々と前へと進めていらっしゃいますね。

四方さん:
まだまだ「世界へ」という意味では、これからやっていかなければいけないことがいっぱいありますけど、現状はコロナの問題もありますからね。ここで、実はある人がずっと言ってくれてた「世界を目指すなら“デジタル”がキーワードだってことはずっと頭に置いておいて」って言葉が役に立つわけですけれど。それが、西井さんなんです。

人工芝を敷く選手や地元の人たち ©︎Kotaro Matsuo
みんなの鳩サブレースタジアム
2021年10月、鎌倉・深沢に完成した「みんなのスタジアム」

未来はビジョンで結び合う?

—— そうでした!鎌倉インターナショナルFCと、シンクロさんとの関わり方はどのようになってるのでしょう?

四方さん:
ですよね(笑)。ずっと『フィールド・オブ・ドリームス』みたいな話をしてしまいましたが、そもそもいちばん最初にパワポを持って提案に出向いたのは、鎌倉の市議会議員さんなんです。ちょうどその前日に、たまたま西井さんと一緒にサッカーを見ていて。

—— 「たまたま、そこに西井さんがいた」という話がこの連載では恒例になってきました(笑)。

四方さん:
はははは(笑)。そもそもの出会いは、「旅とサッカーが大好きな人がいるからきっと気が合うよ」と紹介してもらったところからの縁なんですけど、そこからずっと仲良くしてもらっていて。兄貴みたいな感じですよね。それで「明日、こんな提案しに行くんですよ」って話をその前日サッカーを見ていたときにたまたましていたんです。それからしばらくが経って、「まだ、あれやってるの?」と声を掛けてくれて。

—— ああ、気にかけてくださってたんですね。

四方さん:
そうなんです。「大変でしょ?」と。「めちゃくちゃ大変ですよ!」って話したら次の返事は「じゃあちょっと手伝うわ。何をしてほしい?」ですからね。もちろん資本面でお世話になったのはものすごく大きいですけれど、とにかくいろんなアドバイスをくれたんですよね。それがすごくためになって、その中のひとつが「世界を目指すなら“デジタル”がキーワードだってことはずっと頭に置いておいて」という言葉だったんです。コロナの流行は世界にとって想定外の不幸ですけど、NFT(非代替性トークン)の流行を早めた可能性もありますよね。それこそメタバース(3次元の仮想空間やそのサービス)と掛け合わせることもできますし、デジタルコンテンツの販売であればすぐに世界に飛び出していけますから。事実、その販売もすでに始めることが決定してるんですよ。

—— そうなんですか!どんなものをコンテンツにされる予定でしょう?

四方さん:
選手はもちろん、鎌倉なので大仏なんかも考えてます(笑)。そうすると、今度はシンクロとも何か一緒にできるかもしれないですよね。ぼくはこの領域にも本当に期待しているんです。以前に、自分自身や会社が求めていることを本気で考えたことがあって。

—— はい。

四方さん:
そのとき、悔しいけどやっぱりシンクロが掲げている、「“Be a backpacker.” 未知への好奇心を持ち続け、 困難な状況こそ、笑って進める強さを持ち、様々な価値観との出会いを楽しみ、自分の道を自分で決めることが個性になる。」って、この言葉に尽きるなと思っちゃったんですよね。そういうマインドでいたいし、そういう仲間が欲しい。

—— その想いが本当に一緒なんですね。

四方さん:
根底には同じDNAが流れてるんだな、と改めて思いました。ぼくはそこにすごく共感していて。クラブのビジョンとして「CLUB WITHOUT BORDERS」という考え方を持っているんですけど、メタバースの時代になってくると、ビジョンを共にできる、同じような信念を持った人が集まれるようになってくるんじゃないかと思うんですよね。これまで、たとえば日本って国に生まれたら、国籍を持って、肌の色はこれで、日本円を使いなさい、って言われてきましたけど、肌の色が違かろうが、言葉が違かろうが。これは宗教にも近いと思ってて、そういうビジョン・信念で集まる世界がもうすぐできて、だけど決して争うようなことなんて何もしないと。

—— 思考や信念で人集まって、いろんなことを成し遂げていく場へと進化していく。

四方さん:
おっしゃる通りですね。同じビジョンに共鳴しあってる集合体なら、その中でどんな仕事をしていても働き方をしていてもいいじゃないですか。そういうところがすでにシンクロという会社にはあるような気がするんですよ。そういうビジョンに共鳴しあってる集合体なんですよね。だって「共鳴」っていうのは「シンクロナイズ」じゃないですか。ああ。なんだかすごくきれいなオチがついてしまいましたけど、ずいぶん本気の話なんです(笑)。

©︎Kazuki Okamoto (ONELIFE)

やはり前回同様、「縁」や「機会獲得」につなげていくパワーとスピードには計り知れないものを感じました。そして、改めてシンクロが掲げる、言葉の意味を以前より深く理解できている自分にも気づくことができています。大きな夢を描きながら着実に物事を進めていく四方さんは「信頼する力」も「信頼を得る力」もお持ちのように思えました。
今後も、「シンクロ」のどんな輪郭を知ることができるか楽しみにしています。

(writer:中前結花)

プロフィール

四方健太郎

四方 健太郎さん
鎌倉インターナショナルFC オーナー
立教大学を卒業後、アクセンチュア株式会社にて業務改革・ITシステム構築に従事。2006年より中国で日系企業のコンサルティング業務にあたる。
2008年に独立後、1年かけてサッカーワールドカップ2010年大会に出場する32カ国を巡る「世界一蹴の旅」を遂行。
現在はシンガポール在住。2018年、日本初の国際化を目指したサッカークラブ、鎌倉インターナショナルFC(通称:鎌倉インテル)を設立。

インタビュー「シンクロを知る」シリーズ

vol.1 代表・西井敏恭「旅に出なけりゃ、わからない」
vol.2 株式会社グロース X 代表・津下本 耕太郎「“自由と自律”でとことん楽しむ」
vol.3 ON THE TRIP・InTrip代表 成瀬勇輝氏「旅とビジネスはいつも“身軽”に」
vol.4 鎌倉インテル オーナー 四方健太郎氏「サッカーファンがサッカークラブのオーナーになったら」

西井インタビュー
これを読めばシンクロが分かる!?代表西井インタビュー「旅に出なけりゃ、わからない」
vol.2 グロース X 代表・津下本耕太郎「“自由と自律”でとことん楽しむ」
vol.3 ON THE TRIP・InTrip代表 成瀬勇輝氏「旅とビジネスはいつも“身軽”に」
       

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